愛着(アタッチメント)とは
愛着とは、イギリスの精神科医ボウルビィ,J.が提唱した、乳幼児が養育者に対して形成する絆です。
英語では「attachment」と表記され、日本語では「愛着」と訳されるか「アタッチメント」とカタカナ表記されます。
赤ちゃんは、安全や安心、保護への欲求を抱き、それらの欲求を満たしてくれる養育者とのやりとり積み重ねられるうちに、養育者への愛着を形成します。
そして、特定の養育者が愛着対象となることや、周囲の環境を認識する力が向上することにより、愛着対象以外の人に対して人見知りを始めます。
赤ちゃんのお世話を中心的に担っている父親や祖父母などが、養育者となることもあります。
愛着のタイプ
愛着は、いくつかのタイプに分類されます。
エインスワースの実験(ストレンジシチュエーション法)
アメリカ合衆国の発達心理学者エインスワース,M.は、ストレンジシチュエーション法(Strange Situation Procedure、新規場面法)によって、生後9~18ヶ月の子どもと母親の愛着の安定性を評価する実験を行いました。
ストレンジシチュエーション法とは、養育者と子どものみ同席、見知らぬ人の入室、養育者の退室や再入室など異なる7つの場面で構成され、各場面における子どもの様子を観察する方法です。
- 母子が観察室に入室:子どもは室内のおもちゃで遊び、母親は子どもから離れた場所に座る
- 見知らぬ女性が入室:女性は、1分間は黙って座り、その後の1分間は母親と会話し、さらに1分間は子どもとおもちゃで遊ぼうと試みる
- 母親が退室:女性は、子どもが泣けばあやし、泣かなければ座る
- 母が再入室し、女性が退室:母子で一緒に遊ぶ
- 母親が再び退室:子どもは室内で一人で過ごす
- 女性が再入室:女性は、子どもが泣けばあやす
- 母親が再入室し、女性が退室:母子で一緒に遊ぶ
愛着のタイプ
エインスワースは、ストレンジシチュエーション法による実験結果に基づいて、愛着のタイプを安定愛着型、不安定愛着型(回避型)、不安定愛着型(両価型、アンビバレント型)の3つに分類しました。
その後、メインとソロモンが上記3つのいずれにも当てはまらない子どもの存在を発見し、無秩序型(無方向型)としました。
安定愛着型
安定愛着型の子どもは、養育者を安全基地として、自発的に探索行動を行うことができます。
つまり、養育者と興味関心を持った対象との間を行ったり来たりしながら遊ぶ様子が見られます。
また、養育者が部屋を出るときに、分離を嫌がって泣いたり混乱を示したりしますが、他人があやしたり慰めたりすると、徐々に落ち着きを取り戻します。
養育者が部屋に戻ると、抱っこを求めたり後追いをしたりして相互作用を求め、養育者が傍を離れようとすると、不機嫌になったり泣いたりする行動を示します。
不安定愛着型(回避型)
不安定愛着型(回避型)の子どもは、養育者が部屋にいてもほとんど注意を払わず、養育者を安全基地として探索行動を行う様子もあまり見られません。
養育者が部屋を出ようとしても嫌がるそぶりを見せることが少なく、嫌がったとしても、他人が容易になだめることができます。
養育者が部屋に戻っても、養育者から目をそらす、明らかに避けようとするなど、相互作用を回避したり養育者を無視したりする行動を示します。
相互作用を回避したり求めたりすることを繰り返す子どももいます。
また、養育者が子どもを抱っこしても、子どもが抱きつくことはなく、抱っこから降ろされても嫌がる様子は見られません。
不安定愛着型(両価型、アンビバレント型)
不安定愛着型(両価型、アンビバレント型)の子どもは、受動的な態度が目立ち、養育者を安全基地として自発的に探索行動を行う頻度は多くありません。
また、養育者が自分の傍を離れて部屋を出ようとすると、強い不安や混乱を示します。
養育者が部屋に戻ると、養育者との相互作用を求めて泣きますが、自分から近づいていこうとはしない上、養育者が抱っこしようとすると、泣いたり強く叩いたりして抵抗を示します。
無秩序型(無方向型)
無秩序型(無方向型)の子どもは、安定型にも不安定型にも当てはまらず、近接と回避という本来は両立しない矛盾した行動を同時に示します。
例えば、目をそらしながら養育者に近づく、養育者にしがみついた直後に床に突っ伏す、近づいたのに回避する、落ち着いていたかと思うと急に泣き出すなどの行動が見られます。
不自然で場違いな表情や行動を見せる、うつろな表情のまま動かなくなる、養育者におびえるそぶりを見せて見知らぬ人に親和した行動を見せるなどの行動が見られることもあります。
無秩序型(無方向型)は、児童虐待を受けていたり、親が精神疾患を患っていたりする子どもが当てはまりやすいと考えられています。
愛着のタイプが生じる理由
エインスワースは、子どもの愛着のタイプに影響を及ぼす要因として、養育者の「子どもの心を気遣う傾向(感受性)」」と文化差を挙げています。
その他、子ども自身や環境の要因が指摘されています。
養育者の感受性
エインスワースが提唱する「養育者の「子どもの心を気遣う傾向(感受性)」」は、以下のとおりです。
- 子どもの行動の意味を正しく知覚・解釈する能力
- 適切かつ迅速に対応する能力
- 子どもの気分や状態に応じて対応する能力
- 子どもを受容する能力
- 心理的・物理的にどの程度子どもに接近できるか(接近可能性)
ストレンジシチュエーション法による実験の結果から、安定愛着型の子どもの養育者は感受性が高く、不安定型の子どもの養育者は感受性が低いと考えられています。
また、養育者が精神疾患を患うなど著しく不安定、子どもの養育が困難な状況、児童虐待などが見られる場合は、無秩序型の愛着が形成されやすいという研究結果もあります。
文化差
エインスワースは、アメリカ合衆国の中流階級の母子に加え、欧米などの母子も研究対象とし、愛着のタイプに文化差があることを明らかにしています。
国 | 安定型 | 回避型 | 両価型 |
日本 | 68.33% | 0.00% | 31.67% |
アメリカ | 66.04% | 21.70% | 12.26% |
イギリス | 75.00% | 22.22% | 2.78% |
ドイツ | 32.65% | 48.90% | 12.24% |
オランダ | 65.85% | 34.15% | 0.00% |
スウェーデン | 74.51% | 21.57% | 3.92% |
イスラエル | 56.63% | 8.43% | 33.73% |
分類不能な子どもがいる場合、安定型、回避型、両価型の合計が100%未満となっています。
この結果からは、日本やイスラエルの赤ちゃんは、アメリカ合衆国などの赤ちゃんと比較すると不安定型(両価型)が多く、ドイツの赤ちゃんは回避型または不安定型が多いことが分かります。
なお、愛着の文化差については、エインスワース以降も多くの研究者によって研究されており、文化差の程度がエインスワースの示した結果と異なるものもあります。
子どもの要因
愛着のタイプに影響を与える子ども自身の要因としては、気質が挙げられます。
難しい気質の子どもは、養育者として扱いにくいため、養育者の感受性が低くなり、結果的に不安定な愛着を形成してしまいます。
例えば、難しい気質の子どもと養育者は、以下のような悪循環を繰り返します。
- 赤ちゃんが泣く
- 授乳してもオムツ交換しても泣き続ける
- 養育者は育児がしんどくなる
- 養育者が赤ちゃんとの関わりを避けるようになる
- 赤ちゃんの不安が高まる
- 1.に戻る
ただし、気質と愛着に関連性がないことを示した研究結果も発表されており、結論は出ていません。
環境要因
環境要因として挙げられているのは、以下のとおりです。
- 家庭
- 家族構成
- 父母の性格や職業
- 住んでいる国や地域の文化、思想、信念体型など
現在は、特定の要因が愛着のタイプを決定するのではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
愛着行動
愛着行動とは、赤ちゃんが愛着対象に対して見せる行動です。
愛着行動が生じる理由
ボウルビィは、愛着行動が生じる理由を「略奪者から身を守るため」だと考え、3つの理由を挙げています。
1つ目の理由は、人を含む動物は、孤立すると、略奪者から攻撃されたり襲われたりするおそれが高くなることです。
2つ目の理由は、愛着行動を示すのは、赤ちゃん、子ども、妊娠中のメスの動物、病気を患っている人など、いわゆる「弱者」に多いことです。
3つ目は、略奪者と遭遇しそうな場面で愛着行動が強く示されることです。
なお、愛着行動の理由については、ボウルビィ以外の研究者も言及しています。
フロイト,S.は、赤ちゃんは生理的欲求を自力で満たすことができず、母親(養育者)に満たしてもらうために愛着行動をとると考えました。
マーフィー,J.は、外界で生き抜くための活動を母親(養育者)から学習する機会を得るための行動だとという考えを示しています。
愛着行動の発達
ボウルビィは、愛着行動の発達には4つの段階があると考えました。
第1段階(前愛着段階、出生~生後2、3ヶ月)
新生児期の赤ちゃんは、生まれ持った原始反射によって外界の刺激に反応する他、生理的微笑を見せることもあります。
また、出生から日が経つにつれて、人の顔や声に対して注意を向け、微笑んだり(社会的微笑)、手を伸ばしたり、クーイングや喃語を話したりします。
ただし、養育者と他人を区別することはなく、ぐずって泣き出したとしても、養育者以外の他人が声をかけたり抱っこしたりしても泣き止みやすい傾向があります。
原始反射:胎児期から乳児期に見られる、赤ちゃんの生命維持や神経系の発達に関連する反射(モロー反射、バビンスキー反射など)
社会的微笑:親の微笑みや話しかけなどの刺激に反応して赤ちゃんが見せる微笑み
クーイング:赤ちゃんが発する「あ~」、「あっあ」、「う~」など単純な母音
喃語:クーイングに続いて見られるようになる、赤ちゃんが意識して発する「意味のない音」
第2段階(愛着形成段階、生後3ヶ月~生後6ヶ月)
赤ちゃんは、脳や感覚器官が成熟するにつれ、外界の情報に対して自らの意思で反応することができるようになります。
この時期には、養育者と他人を区別できるようになり、養育者との相互作用をより求めるようになります。
養育者に対して自ら微笑んだり喃語を発したりする一方で、養育者以外を見るとぐずったり表情を曇らせたりします。
また、ぐずったときに養育者以外の他人があやしても効果が薄くなり、養育者以外に対する人見知りも始まります。
主たる養育者が母親である場合、父親に対する人見知り(パパ見知り)が始まることもあります。
第3段階(愛着形成段階、生後6ヶ月~生後2歳頃)
この時期の赤ちゃんや子どもは、第2段階よりも外界の情報をはっきりと認識できるようになり、養育者を含む他人への反応もバラエティーに富んだものになります。
ズリバイやハイハイなどの移動手段を獲得すると、養育者の後追いを始めたり、養育者を見かけると傍へ寄ろうとしたりするようになります。
また、特定の養育者との愛着を形成した赤ちゃんや子どもは、視界に養育者がいることを確認しながら、養育者を安全基地として探索行動を開始します。
また、人見知りやパパ見知りが収束する一方で、知らない人に対して警戒するようになります。
なお、長期にわたって施設に預けられているなど愛着対象が不在の場合、特定の人物に愛着を示す時期が遅れるか、愛着対象を持たないままとなることがあります。
ボウルビィは、こうした状況をマターナル・デプリベーションという用語で説明しています。
第4段階(生後3歳以降)
第2段階と第3段階の間に特定の養育者と愛着を形成した子どもは、愛着対象である養育者との関係を維持しようとする気持ちを持ちます。
例えば、ある行動をして養育者に叱られた場合、その後の自分の行動を修正するようになります。
また、養育者の気持ちや感情、行動プランや目標を自分なりに推察し、それに沿って行動をしたり、養育者の行動を変えるために考えて行動することも増えていきます。
さらに、愛着対象が傍にいなくても愛着を保っていられるようになります。
つまり、養育者が不在でも、「養育者から大切にされているし、すぐ戻って来てくれるはず。」と思うことができ、落ち着いて過ごすことができるようになるのです。
まとめ
愛着のタイプが生じる要因:養育者の感受性、文化差、子どもの要因、環境要因
【参考】
- 愛着行動|John Bowlby著、黒田実郎、大羽蓁、岡田洋子、黒田聖一訳|岩崎学術出版社
- ‘Note on Dr Lois Murphy’s paper, “Some aspects of the first relationship”|Bowlby,J| Int. J. Psycho-Anal.