心的回転(メンタルローテーション)とは
心的回転とは、心の中に思い浮かべた心的イメージ(心の中に思い浮かべることができる視覚的な映像)を回転変換する認知機能です。
つまり、「ある物体を回転させるとどのように見えるか。」という課題に対して、実際に物体を動かさなくても、心の中に思い浮かべた視覚的イメージを回転させることで判断する機能です。
英語では「mental rotation」と表記し、日本語では「心的回転」と訳されるか「メンタルローテーション」とカタカナ表記されます。
心的回転は、1970年代に起こったイメージ論争において、イメージ走査の実験とともに、アナログ表象説の主張を支持する根拠とされました。
この記事では、心的回転を中心に記載し、最後の項目でイメージ論争やイメージ走査に触れています。
心的回転の実験
アメリカ合衆国の認知科学者シェパード,R.N.とメッツラー,J.は、1971年に行った実験に基づいて心的回転を提唱しました。
シェパードとメッツラーの実験は、以下の手順で行われました。
- 被験者に、立方体のブロックを3次元に結合させた物体をペアにして提示する
- 被験者に、2つの物体が同一か否かを判断するよう指示する
- 2つの物体を一致させるために回転させる角度を変化させ、判断に要する時間(反応時間)を測定する
※実験で使用されたのは、回転させると一致する物体のペアまたは鏡像のペア(回転させても一致しない)
実験の結果、2つの物体が同じ物体か否かを判断するまでに被験者が要する時間(反応時間)は、2つの物体を一致させるための回転角度に比例することが分かりました。
つまり、2つの物体を一致させるための回転角度が小さいと判断にかかる時間が短く、回転角度が大きくなるほど判断にかかる時間が長くなったのです。
また、3次元物体の絵を2枚ずつペアにして提示し、描かれた物体が同一か否かを判断させた場合も、同様の結果となりました。
シェパードとメッツラーは、この実験結果から、被験者が物体のイメージを心の中に思い浮かべ、それを現実の物体と同じように回転させて判断したと考え、この現象を心的回転と呼びました。
また、実験結果からは、現実に物体を回転させる場合と同様、回転させる角度が大きくなるほど判断に時間を要する性質があることも示されました。
当時は、イメージについて実験心理学的研究を行うことは困難だと考えられていたところ、心的回転の実験ではイメージの特性を実験心理学的に検討しており、この点も大きな功績とされています。
シェパードとメッツラーの実験以降
シェパードとメッツラーの実験以降、心的回転に関する研究が重ねられ、2次元図形、英数字の正像と鏡像の識別、右手か左手かの識別などの課題においても、判断に要する時間が回転角度に比例することが明らかにされました。
また、日本の心理学者である高野陽太郎は、回転角度によって反応時間が増加するまたは増加しない条件の検討を行いました。
そして、物体のペアが方位に関わらず識別可能な特徴で区別できる場合は、心的回転が行われないとする理論(情報タイプ理論)を提唱しました。
一方で、ジャスト,M.A.とカーペンター,P.A.は、心的回転と眼球運動に関する実験を行い、物体のペアの回転角度差が大きいほど、物体の対応する部位を比較する眼球運動が増加することを発見しました。
そして、「心的回転が物体(刺激)全体のイメージを回転させるのではなく、一部を比較しているだけである。」、「回転角度差が大きくなるほど反応時間が長くなるのは、物体のペアの対応点を探すのに時間がかかるため。」と主張しました。
イメージ論争
心的回転に関連するものとして、イメージ論争とイメージ走査についても触れておきます。
イメージ論争
イメージ論争とは、1970年代に起こった「心的イメージが心の中でどのように表象されるか。」に関する論争です。
カナダの心理学者ペイヴィオ,A.が記憶が言語とイメージから構成されるとする「記憶の二重貯蔵説」を提唱し、イメージが「絵画的なもの」という考えを示しました。
これに対してカナダの心理学者ピリシン,Z.W.が「イメージは命題である」と批判したことで、イメージの本質をめぐるイメージ論争が勃発しました。
イメージ論争では、大きくアナログ表象説と命題表象説の2つが対立し、論争を繰り広げました。
アナログ表象説 | イメージは、現実の事物や空間配置の類似物で、心的表象の1つの形態として命題とは別に表象されると考える立場 イメージは「絵画的なもの」と主張 |
命題表象説 | イメージは現実の事物や空間配置の類似物ではなく、命題として表象されると考える立場 イメージは「命題である」と主張 |
アナログ表象説の研究者は、人がイメージを浮かべたり操作したりするときは、実物を見たり操作したりするのと同様のことが心の中で起こると考えました。
一方で、命題表象説の研究者は、イメージの視覚映像的な特性が、対応する命題表象を用いる認知過程の附帯現象に過ぎないと考え、アナログ表象説を批判していました。
つまり、「イメージが命題的なものか、絵画的なものか。」について論争が繰り広げられていたのです。
しかし、1980年代に入って、アナログ表象説を主張していたコスリンがアナログと命題の折衷モデルを提案したことや、また、表象の形式を行動的指標だけで決められないという考え方が主流になったことで、イメージ論争は沈静化しました。
近年は、脳科学分野から心的イメージにアプローチする研究が活発になっています。
認知心理学において、人は、外界の情報を取り込み、加工処理し、記憶して、必要に応じて取り出すと考えられているところ、心の中で情報がどのように表現されるかを考えるための概念として心的表象が用いられる。
イメージ走査の実験
イメージ走査の実験とは、コスリン,S.M.が行ったイメージの特性に関する研究です。
イメージ走査の実験は、以下の手順で行われました。
- 被験者に架空の島の地図(小屋、木、岩、井戸、湖、砂浜、草という7つの対象が描かれている)を提示して記憶させる
- 被験者に心の中で島を思い浮かべさせ、7つの対象のうち1つに焦点を当てるよう指示する
- 別の対象の名称を伝える
- 心の中で、最初の対象から2番目の対象まで視線をまっすぐ移し、2番目の対象に焦点が合ったらボタンを押すよう指示する
この実験の結果、2つの対象の間の距離が遠いほど、指示から被験者がボタンを押すまでの時間が長くなり、距離と時間が正比例することが示されました。
コスリンは、この実験結果を踏まえ、被験者が心の中にイメージした地図が実際の地図と同様の性質を有することを示唆しました。
イメージ走査は、心的回転と同様、アナログ表象説を支持する現象とされました。
まとめ
心的イメージが心の中でどのように表象されるかをめぐる論争
アナログ表象説と命題表象説が対立(心的回転やイメージ走査は前者の立場)
【参考】
- 傾いた図形の謎|高野陽太郎|東京大学出版会